旭市立中央小学校  
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校長室から

平成29年度

「平成29年度中央小だより」から、石見孝男校長のコラムを転載しています。


 <10月号> 
 9月30日に行われた秋季大運動会は、爽やかな秋風の中で、たくさんの保護者の皆様、地域の皆様のご来校のもと盛大に開催することができました。ご支援くださった各方面の皆様に改めて御礼申し上げます。

さて、「♪都のがれた 義経さえも サテ…」と聴けば、「旭音頭」。本校運動会の伝統的な種目です。市内の小学校15校のうち11校の運動会で「旭音頭」を取り上げていますが、本校以外はすべて「旭音頭サンババージョン」となっているようです。

旭音頭は、昭和25年に当時の旭町観光協会が、地域振興の目的で町民から歌詞を募集し、「旭町音頭」がつくられました。作詞者は本校の第4代PTA会長(在任:昭和35〜38年度)で真福寺住職でいらっしゃった中村頼眞(らいしん)氏。その後、昭和29年に、旭町・矢指村・富浦村・共和村・豊畑村が合併し、海上町琴田の一部を編入して旭市が誕生した際に、「旭音頭」に曲名を変更し、歌詞を追加したそうです。歌詞としては、十番(踊りは四番)まであり、「太田祇園」「観音祭り」「七夕祭り」「成田田圃」などご当地ならではの言葉が並んでいます。制作の経緯や町村合併の状況を考えると、わが中央小こそがこの「旭音頭」のご当地中のご当地であり、本校の伝統種目となっている所以がわかります。

ところで、歌詞(二番)には「♪地曳ひきひき おらいのちゃんの 男らしさにほれぼれと」とあります。この「おらいのちゃん」。お若い方や地元出身ではない方には、意味のわからない言葉かもしれませんが、いまふうに言えば、「うちのパパ」。昭和25年といえば、戦後の混乱と復興の時期。戦争の影響により、この「ちゃん」の年代が極端に少ないことがわかります。加えて、戦後の食糧不足。『旭市史』には、乱獲により「昭和24年頃には『磯のものはとりつくした』といわれる状態」との記述も見られます。

戦場から帰還した「ちゃん」が、漁業の不振にあえぐ中、地曳き網漁で一家を支えようとする姿を「男らしさに ほれぼれと」と唄っています。戦後の混乱期を、たくましく、そして希望を持って生き抜こうとしていた当時の人々の力強さを感じることができます。子どもたちにとっては、これまで何気なく踊り継いできた「旭音頭」ですが、地域の歴史や心意気、そして自慢がたくさんつまっています。地域を知る、歴史を知る一つの窓として、今一度歌詞を噛みしめてみたいと思いました。


<9月号>
「あの通りを走っているな」「ああ、あの店(家)だ!」と、思わず声を出しながら番組をご覧になった方も多いことでしょう。8月20日(日)日本テレビの『DASH 0円食堂』という番組で旭市が取り上げられました。この番組は、日本全国を巡り、その土地土地で普段捨てられてしまっている『0円食材』を探し求め、旅の相棒であるキッチンカーでおいしい料理をつくるというもの。

この日は、城島茂さん、国分太一さんに加え、亀梨和也さんが、道の駅『季楽里あさひ』を起点に、市内の生産者のお宅を突然訪問し、出荷できない野菜やメロン、余って捨てられてしまう魚や肉、展示品の麺などを調達していました。「0円」、つまりタダで食材をもらうためにはルールがあり、後で家族で食べたり、近所にお裾分けしたり、従業員が持ち帰ったりするものは貰うことができず、完全に廃棄するものでなければなりません。

私は、この番組が好きで毎回楽しみにしているのですが、今回の旭市ほど、廃棄する食材が豊富で高級なものが揃ったことはなかったように思いました。ヒラメにトウモロコシ、マッシュルーム、貴味メロン、キュウリ、トマト、豚肉などなど、私たちにとってはどれも馴染みのある食材ですが、行った先々で食材をいただいていた出演者からは、その豊かさに思わず笑みがこぼれていたように感じられました。

農林水産省が公表した、平成27年市町村別農業産出額(推計)によれば、旭市の産出額は548億円で全国6位。おとなりの銚子港の水揚げ量は全国1位で有名ですが、水揚げ額としては300億円余りにとどまっていることから、本市の農業産出額の大きさを実感します。

とは言え、普段何気なく見ている田や畑、ビニルハウス、家畜が、全国レベルの産出額で本市を支えていることを知っている子どもは多くはないかもしれません。今回の番組は、対外的なPRになったばかりでなく、子どもたちにとっても旭市の農業や漁業の活況ぶりを知るいい機会となりました。本校では、旭農業高校のご支援を受けながら、1年生の家畜ふれあい体験、2年生の芋苗植え・芋掘り体験、5年生の田植え・稲刈り体験と、恒例の学習があります。このような機会を通じて、郷土のよさを知り、郷土に誇りを持つ子どもたちを育てていきたいと改めて感じました。


<7月号> ♪夏がくれば思い出す

タイトルは、「夏の思い出」(江間章子作詞、中田喜直作曲)の歌い出しの一節。どなたもご存知の、日本の夏を代表する歌です。

さて、保護者の皆様の「夏の思い出」には、どのようなものがありますか。私は、海辺で育ったものですから、夏といえば海水浴です。毎日毎日、近所の友達と誘い合って近くの浜に行き、日焼けで何度も皮膚がむけ、真っ黒になっていたことを思い出します。今のように「海水浴は大人と」と言われていない時代でしたから、浜は、子ども達の天下となっていました。

浜で遊んでいる中で、子どもなりのささやかな発見もありました。誤って飲んでしまった海水の塩辛さ、日をおって変化する潮の引き方、足の裏に感じる砂浜の熱さ、砂を掘ったときの湧き水、砂風呂ごっこをして感じた砂の重さ、砂浜にあいた小さな穴の先に貝…。また、家に帰れば、母が日向に用意してくれた汲み置きの温かい水。海水でべたべたした体を洗い流す爽やかさと共に、夏の日差しのパワーを感じたものです。

子どもたちの体験が不足しているといわれて久しいものがあります。今、子どもたちは、どのようなことに「夏らしさ」を感じ、どのようなことを「夏の思い出」として心の中にしまっていくのでしょうか。せっかくの夏休みですから遠くに旅行をしたり、遊園地に出かけたりすることもあるかもしれません。

しかしながら、私は、子どもの体験は、もっと身近なところ、ささやかな日常にもその種があるように思っています。家族で楽しむ庭先での花火もその一つかもしれません。着火の際のドキドキ感、火花の色や形の変化、火球を落とさないように耐えながら持つ線香花火、煙のにおいや安全への配慮なども子どもにとっては大切な体験です。また、カブトムシや鈴虫などの昆虫の飼育は、毎日の餌やりやすみかの管理、鈴虫のきれいな鳴き声、産卵の様子など、子どもだけでも手の届きそうな体験です。

長い夏休み。ゲームやスマホに時間をとられてしまうのはもったいない話。夏休みだからこそできる日々のささやかな体験、そして体験を通じた親子の会話を是非大切にしてください。包丁で切ったスイカより、スイカ割りでかち割ったスイカは、「思い出」という調味料が加わって、それは格別の味になります。


<6月号>
先月12日(金)市内小学校体育大会が開かれました。これに先立ち、校内では選手壮行会が開かれ、選手の紹介に続いて400mリレーが披露されました。力強いスタート、大きな腕の振りと軽やかな走り、息の合ったバトンパス…。全校児童の声援が校庭に響き、725名の心が一つになった時間となりました。

もう一つのリレー、それは学年リレー大会。毎年この時期に行われる学級対抗のリレー大会で、すっかり中央小の伝統行事となっています。体育の授業のほかにも、ラップの芯を持ち寄って自分たちで休み時間に練習するなど、子どもたちの盛り上がりは相当なもの。入学してわずか2ヶ月の1年生ですが、「○○ちゃん頑張れ」「□□ちゃんいいよ」と一人一人の名前を呼びながら応援する姿も見られました。

この二つのリレー、目的も実施内容も異なりますが、子どもたちの気持ちの中ではつながっているように思えてなりません。選手が見せたあの力強い走り、響き渡った声援が、多くの子どもたちにとって、「あのように走れるようになりたい」といった「憧れ」につながったことでしょう。

そもそも「憧」という漢字は「忄(りっしんべん)」と「童(わらべ)」でできています。「忄」は「心」の字を立てて偏にしたものですから、「憧」は「童の心」と読むことができ、純粋で素直な子どもの心を意味しています。学校という集団教育の場で、よき仲間に出会い、素晴らしい姿に触れることで、自分もまたよき仲間になっていく。「憧れる」ことの大切さを、この二つのリレーを通して改めて感じることとなりました。


<5月号>
『はきものをそろえる』

はきものをそろえると こころもそろう

こころがそろうと はきものもそろう

ぬぐときにそろえておくと

はくときに心がみだれない

だれかがみだしておいたら

だまってそろえておいてあげよう

そうすればきっと

世界中の人の心も そろうでしょう


 この詩は,長野市にある円福寺の住職の藤本幸邦氏によってつくられました。禅宗の【脚下照顧(きゃっかしょうこ)※】の教えをもとにしたといわれています。

本校で「靴のかかとそろえ」が始まったのは、もう10年以上も前のこと。以来、中央小の伝統となり、入学して間もない1年生の靴箱もかかとがそろうようになってきました。ルールは、靴のかかとを靴箱の縁に合わせること。簡単そうに聞こえますが、遅刻しそうになったとき、休み時間が終わり教室に戻るとき、雨で靴が濡れているとき…など、ついぞんざいになってしまうのが人間の常。ましてや子どもですから。

しかしながら、いろいろな状況があるにせよ、靴を置く瞬間にふと我に返る、なんでもないような当たり前のことを大切にできる子どもだからこそ靴のかかとがそろえられるのでしょう。

学級のすべての靴がそろっているのを見るのは、一人一人の子どもにとっても気持ちのいいもの。だって、こころがそろっている証ですから。

※脚下照顧他に向かって理屈を言う前に、まず自分の足元を見て自分のことをよく反省すべきこと。また、足元に気をつけよの意で、身近なことに気をつけるべきことをいう。


<4月号>
新しい学校生活の第一歩にあたり、子どもたちや教職員も新たな気持ちで頑張ろうという意欲に燃えています。ご入学・ご進級おめでとうございます。

始業式、そして入学式を終え、全校児童725名の教育活動が始まりました。始業式では、1年の始まりにあたり、「こんなことを頑張りたい」、「こんなことができるようになりたい」といった目標を立てること、そして、その目標に向かって努力する子になってほしいことについて話をしました。サッカーの長友佑都選手は、「僕にはサッカーの才能はないが、努力を続ける才能は誰にも負けたくない」と言っています。壁を乗り越えるために、そして壁を乗り越えた後も、毎日毎日の努力を怠らなかったことが、世界最高の舞台での彼の活躍につながっているのでしょう。

努力が実って結果が出ることもありますが、努力はしたものの結果に結びつかないこともあります。しかしながら、目標に向けて努力しようとする気持ちや、その取り組みの過程に意味があり、新しい学年が始まったこの時期だからこそ見せる、お子さんのちょっとした変化や成長を認め励ましていきたいものです。

教育に対する思いを共有し、学校と家庭と、そして地域と共に手を取り合って、子どもたちの健やかな成長のためにがんばってまいりましょう。どうぞよろしくお願いします。





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